お知らせ
【高瀬舟】~森鷗外から学ぶ~1
「高瀬舟
は京都の高瀬川を上下する小舟である。
徳川時代に京都の罪人が遠島
を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞
をすることを許された。
それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。
それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であつた。
これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。」
高瀬舟の冒頭一節であるが、今回は特に、『所謂大目に見るのであった』、という文に着目していきたい。
冒頭では、高瀬舟と呼ばれるものがどういったものであるか説明が為されている。抜粋した部分では特に、習わしやシステムとしての方向から解説されており、親類一名を同船させるのはあくまでお目こぼしであると明言されている。
このとき、森鷗外はただ単に、黙認されていたとだけ書いたのではなく、『所謂』と付けている。
これには、制度やルールの下に動いてはいても、やはり人間は情によって多少細かな部分を見逃すであろうという、森鷗外が高瀬舟で伝えたい事の”前提”が感じられる。
勿論、そういった人間の甘さとも呼べる習性は誰しも共感し得る所ではあるが、森鷗外はそれを再確認させ、以後の話においてそれをより自覚的に意識させたかったのではないかという風に解釈できる。
非常に僅かな表現からの解釈ではあるが、
多様な日本語の内から、何故この表現を選んだのか、という疑問を追求することは読解における第一歩であり、肝要であると考える。
また、高瀬舟では、罪人である喜助の境遇や科を通して、
庄兵衛が抱いた感傷が描かれており、
テーマとして、罪に対する人情というものがあるのが窺える。
罪に対する人情と言えば、科人への恨みつらみというのも第一に挙げられるが、
その経緯に同情する人間というのも連想することができ、
この前提とも関連付けられるだろう。
よって細かな表現のニュアンスから、作者がテーマをどのように捉えていって欲しいのか想像を膨らませるのは、作品のテーマを深掘っていく上でも有用な心構えであるように思える。
引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html




