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【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~9
みなさんこんにちは。
今回は、前回の最後に触れた、喜助が「弟殺し」の罪人となった理由について考えていきたいと思います。
庄兵衛は、喜助と話をするうちに、どうしても気になることが出てきました。
それは、これほど穏やかで素直な喜助が、なぜ自分の弟を殺したのかということです。
そこで庄兵衛が事情を尋ねると、喜助は弟との生活について語り始めます。
喜助と弟は、幼い頃に両親を亡くし、二人で助け合いながら生活していました。
しかし、あるとき弟が病気になってしまいます。
弟が働けなくなったため、喜助は一人で働きながら、自分と弟の生活を支えることになりました。
喜助は弟を責めることなく、一生懸命働いて生活を支え続けます。
ところが弟の方は、自分が働けないことで兄の負担になっていると考えるようになります。
そしてある日、喜助が家へ帰ると、弟は自分で命を絶とうとしていました。
しかし、死に切ることができず、刃物が刺さったまま苦しんでいました。
喜助は弟を助けようとします。
ところが弟は、喜助に刃物を抜いてほしいと頼みます。
刃物を抜けば、自分が死ぬかもしれない。
喜助にもそれは分かっていました。
それでも、目の前では大切な弟が苦しみ続けています。
そして喜助は、弟から何度も頼まれ、ついにその願いを聞き入れます。
その結果、弟は亡くなりました。
こうして喜助は、「弟を殺した罪人」として島へ送られることになったのです。
ここで皆さんに考えてみてほしいことがあります。
喜助がしたことは、本当に「弟を殺した」という一言だけで説明できるのでしょうか。
もちろん、人の命を奪うことは簡単に許されることではありません。
しかし喜助は、弟を憎んでいたわけでも、自分のために邪魔になった弟を殺したわけでもありません。
むしろ、それまで弟の生活を支え続けていました。
そして最後には、苦しんでいる弟自身から頼まれています。
では、喜助はどうすればよかったのでしょうか。
弟の頼みを断り、そのまま苦しませ続けるべきだったのでしょうか。
それとも、弟の苦しみを終わらせるために願いを聞き入れるべきだったのでしょうか。
この問題には、簡単に「これが正解だ」と言える答えはないように思います。
『高瀬舟』がおもしろいのは、こうした簡単には答えを出すことのできない問題を、読んでいる私たちにも考えさせるところです。
国語の勉強というと、「この文章の答えは何だろう」と正解だけを探してしまうことがあります。
もちろん、問題を解くためには本文から正しい答えを読み取る力も必要です。
しかし、文章を読むということは、それだけではありません。
「なぜこの人物はこのような行動をしたのだろう」
「自分だったらどうするだろう」
「別の立場から見たら、どう見えるだろう」
と考えてみることも、大切な学びです。
秀学舎学習塾でも、ただ答えを覚えるだけではなく、自分で考え、答えにたどり着く過程を大切にしています。
分からない問題に出会ったとき、すぐに答えを見るのではなく、まず自分なりに考えてみる。
文章問題であれば、登場人物の立場や、その言葉が出てきた理由まで考えてみる。
たとえ最初の考えが正解ではなかったとしても、「なぜそう考えたのか」を自分の中で整理することで、考える力は少しずつ身についていきます。
喜助の行動についても、まずは「正しい」「間違っている」と決めてしまうのではなく、なぜ喜助がその行動を選んだのかを考えてみてください。
すると、同じ『弟殺し』という言葉でも、最初に作品を読み始めたときとは違って見えてくるかもしれません。
さて、喜助から事情を聞いた庄兵衛は、さらに深く考え込むことになります。
法律の上では、喜助は弟を死なせた罪人です。
しかし、庄兵衛の目の前にいる喜助は、本当に悪人なのでしょうか。
そして、人の苦しみを終わらせるために命を絶つことは、果たしてどのように考えるべきなのでしょうか。
物語はいよいよ、『高瀬舟』の大きなテーマの一つへと進んでいきます。
次回は、喜助の話を聞いた庄兵衛が抱いた疑問から、「罪とは何か」「人を裁くとはどういうことなのか」について考えていきたいと思います。
皆さんもぜひ、
「自分が庄兵衛だったら、喜助をどのように見るか」
を考えてみてください。
引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外
https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html




