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【高瀬舟】~森鷗外から学ぶ~8
みなさんこんにちは。
今回は、前回の続きから『高瀬舟』について考えていきたいと思います。
前回は、島へ送られることになった喜助が、これまでの生活と比べれば今の境遇をそれほど不幸だとは感じておらず、わずか二百文のお金を自分のものとして持っていることにも満足しているという場面について考えました。
そんな喜助の話を聞いた庄兵衛は、自分自身の生活について考え始めます。
人は病気になれば健康になりたいと思い、食べるものがなければ食べ物を求めます。そして、少しお金が貯まれば、今度はもっと多くのお金が欲しくなる。
このように、人間の欲にはなかなか終わりがありません。
しかし喜助は、自分に与えられたわずかなものに満足しています。
庄兵衛は、そんな喜助の姿を見ながら、自分にはできていない「足ることを知る」という生き方に気付いていくのです。
ここで一度、皆さんにも考えてみてほしいと思います。
「もっと良い点数を取りたい」
「もっと成績を上げたい」
「もっとできるようになりたい」
勉強をしていれば、このように思うことはたくさんあるでしょう。
もちろん、今より上を目指す気持ちはとても大切です。
しかし、「まだできない」「自分には足りない」と考えるだけではなく、「以前よりここができるようになった」「この問題は自分で解けるようになった」と、自分がすでに身につけたものに目を向けることも大切なのではないでしょうか。
秀学舎学習塾では、ただ答えを覚えるだけではなく、「なぜこの答えになるのか」「どう考えれば自分で答えにたどり着けるのか」ということを大切にしています。
問題が解けなかったときも、すぐに答えを見るのではなく、まずは自分で考えてみる。
そして、昨日まで分からなかったことが今日分かるようになったら、それも一つの大きな成長です。
喜助の「足ることを知る」という姿勢は、何も努力をしなくてよいという意味ではありません。
今自分が持っているものを認めながら、そのうえで次へ進んでいく。
勉強でも、自分の成長を確かめながら一歩ずつ前へ進むことが、自信につながっていくのではないでしょうか。
さて、庄兵衛にはもう一つ、どうしても喜助に聞いてみたいことがありました。
それは、喜助がなぜ「弟殺し」の罪人になったのかということです。
これまで喜助の人柄を見てきた庄兵衛には、喜助が自分の利益のために人を殺すような人物には思えません。
では、喜助と弟の間に一体何があったのでしょうか。
ここから『高瀬舟』は、「人を殺すことは罪である」という一見当たり前に思えることについて、私たちにもう一度深く考えさせる展開へと進んでいきます。
皆さんも、
「自分が庄兵衛だったら、喜助をどのような人物だと思うか」
「喜助はなぜ弟を殺したのか」
を一度自分なりに予想してから、続きを読んでみてください。
自分で考えてから本文を読むことで、ただ物語の内容を知るだけではなく、自分の考えと作者が描いたものとの違いにも気付くことができます。
次回は、喜助が語る「弟殺し」の真相について考えていきたいと思います。
引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外




