カテゴリー: 塾から一言

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~5

    みなさんこんにちは。今回は、前回に引き続き以下の部分に着目していきたいと思います。

    「庄兵衞は心の内に思つた。これまで此高瀬舟の宰領をしたことは幾度だか知れない。しかし載せて行く罪人は、いつも殆ど同じやうに、目も當てられぬ氣の毒な樣子をしてゐた。それに此男はどうしたのだらう。遊山船にでも乘つたやうな顏をしてゐる。罪は弟を殺したのださうだが、よしや其弟が惡い奴で、それをどんな行掛りになつて殺したにせよ、人の情として好い心持はせぬ筈である。この色の蒼い痩男が、その人の情と云ふものが全く缺けてゐる程の、世にも稀な惡人であらうか。どうもさうは思はれない。ひよつと氣でも狂つてゐるのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つ辻褄の合はぬ言語や擧動がない。此男はどうしたのだらう。庄兵衞がためには喜助の態度が考へれば考へる程わからなくなるのである。」

    この場面では、前回までの部分と同様に喜助の様子とそれに対して庄兵衞が考えていることが描かれています。

    通常、遠島を申し渡され船に乗せられた罪人はとても気の毒な様子をしていると書いてありますが、それに対して喜助は船旅でもしているかのような顔をしていると書いてあります。
    なぜ喜助は弟を殺し、罪人として船に乗せられているのに通常の罪人に見られるような気の毒な様子をしていないのでしょうか。

    弟が悪い人であったとしても、人を殺すという罪を犯していい気持ちがすることはないはずです。では、なぜ喜助は船旅をしているかのような表情をしているのでしょうか。

    また、庄兵衞は喜助に対して人の情がない悪人には見えない、また、辻褄の合わない言動もなく、気が狂っている様子もないと考えています。では、喜助のこうした様子の背景には何があるのでしょうか。

    どうして喜助は弟を殺したのでしょうか。その理由や背景について考えてみると、喜助の心情についても理解が深まると思います。
    ぜひ喜助の態度の背景に着目しながら読み進めてみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • みなさんへのメッセージ

    みなさんこんにちは!
    五月も終わりに近づき、もうすぐ六月ですね。

    六月からは定期テスト期間が始まる人も多いと思います。
    みなさん勉強は順調に進んでいますか?

    みなさんこれまでの授業でそれぞれ苦手な単元、得意な単元があるかと思います。
    今のうちから授業の復習に力を入れて、テスト対策に取り組んでいきましょう。
    復習をする際には、特に授業のプリントやノートの見直しをするとよいと思います。授業で学んだことを思い出し、その後ワークなどの練習問題に取り組むことでより知識を定着させることができると思います。
    また、解けなかった問題については自力で解けるようになるまで復習を繰り返すとテスト本番でも落ち着いてしっかり解くことができると思います。

    提出物などもあり大変だと思いますが、少しずつテストに向けて頑張っていきましょう!応援しています!

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~4

     「夜舟で寢ることは、罪人にも許されてゐるのに、喜助は横にならうともせず、雲の濃淡に從つて、光の増したり減じたりする月を仰いで、默つてゐる。其額は晴やかで目には微かなかがやきがある。
     庄兵衞はまともには見てゐぬが、始終喜助の顏から目を離さずにゐる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返してゐる。それは喜助の顏が縱から見ても、横から見ても、いかにも樂しさうで、若し役人に對する氣兼がなかつたなら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌ひ出すとかしさうに思はれたからである。」

    今回は前回に引き続き、この部分について考えます。

    この部分で、喜助からは以下のような様子が読み取れます。
    ・横になろうとせず、月を見上げて黙っている
    ・表情は晴れやかで目には輝きがある
    ・楽しそうで、口笛を吹いたり鼻歌を歌い出したりしそうである

    このような喜助の様子に対して、庄兵衞はとても不思議だと感じています。

    喜助は罪人であるのに、なぜ口笛を吹いたり歌い出したりしそうに見えるほど、楽しそうな様子なのか。また、なぜ晴れやかで目に輝きがあるのか。このような喜助の様子に着目して読み進めることで、この作品への理解がより深まると思います。

    ぜひ考えながら読んでみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~3

    「其日は暮方から風が
    んで、空一面を蔽つた薄い雲が、月の輪廓をかすませ、やうやう近寄つて來る夏の温さが、兩岸の土からも、川床の土からも、靄になつて立ち昇るかと思はれる夜であつた。下京の町を離れて、加茂川を横ぎつた頃からは、あたりがひつそりとして、只
    へさき
    に割かれる水のささやきを聞くのみである。」

    本日は前回の続きのこの部分に着目します。

    「風がやんで」「月の輪廓をかすませ」という部分からは、風がなく月がぼんやり見えている夜の静かな情景が思い浮かびます。

    また、「夏の暑さが…靄になつて立ち昇る」という部分からは、夏のじめっとした夜の空気が感じられます。

    さらに、「あたりがひっそりとして…水のささやきを聞くのみである」という部分では、船が町から遠ざかり、とても静かな様子が描写されています。また、聞こえるのは水の音だけであり、船が静かにゆっくり進んでいる様子が読み取れます。

    このように、雲や月の様子、周囲の音や雰囲気などの細かい描写から、静かで落ち着いた夜の情景が思い浮かびます。
    情景描写に注目することで、物語の雰囲気や登場人物の心情についての理解がより深まると思いますので、ぜひ注目して読んでみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 塾生のみなさんへ

    5月になりましたね。
    皆さまいかがお過ごしでしょうか。
    当塾ではサツキの花がほころび始めています。
    塾へお立ち寄りの際は、ぜひご覧ください!

    さて、当塾よりお知らせがございます。

    いつもお世話になっております。
    5月11日より、定期試験対策として授業を10時まで延長して行いますので、ご家庭のご協力をお願いいたします。なお、これに関する追加の費用は不要です。

    よろしくお願いいたします。

    秀学舎学習塾

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~2

    今回は、『高瀬舟』の以下の部分に着目してみたいと思います。

    「それは名を喜助と云つて、三十歳ばかりになる、住所不定の男である。固より牢屋敷に呼び出されるやうな親類はないので、舟にも只一人で乘つた。
     護送を命ぜられて、一しよに舟に乘り込んだ同心羽田庄兵衞は、只喜助が弟殺しの罪人だと云ふことだけを聞いてゐた。さて牢屋敷から棧橋まで連れて來る間、この痩肉やせじしの、色の蒼白い喜助の樣子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬つて、何事につけても逆はぬやうにしてゐる。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるやうな、温順を裝つて權勢に媚びる態度ではない。
     庄兵衞は不思議に思つた。そして舟に乘つてからも、單に役目の表で見張つてゐるばかりでなく、絶えず喜助の擧動に、細かい注意をしてゐた。」

    この場面では、主に喜助の様子が描かれています。喜助はとてもおとなしく従順な態度であり、その態度は他の罪人の態度とは異なるものであると書いてあります。通常、罪人からは権力者に従い、媚びたりする様子が見受けられると書かれています。しかし、この場面では、喜助はただおとなしく従順に従っており、媚びる様子がないということが印象的に描かれていると考えられます。

    このように、喜助の人柄や様子に着目すると、よりこの作品への理解を深められると思います。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鷗外から学ぶ~1

    高瀬舟
    たかせぶね
    は京都の高瀬川を上下する小舟である。

    徳川時代に京都の罪人が遠島
    ゑんたう
    を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞
    いとまごひ
    をすることを許された。

    それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。

    それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であつた。

    これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。」

    高瀬舟の冒頭一節であるが、今回は特に、『所謂大目に見るのであった』、という文に着目していきたい。

    冒頭では、高瀬舟と呼ばれるものがどういったものであるか説明が為されている。抜粋した部分では特に、習わしやシステムとしての方向から解説されており、親類一名を同船させるのはあくまでお目こぼしであると明言されている。

    このとき、森鷗外はただ単に、黙認されていたとだけ書いたのではなく、『所謂』と付けている。

    これには、制度やルールの下に動いてはいても、やはり人間は情によって多少細かな部分を見逃すであろうという、森鷗外が高瀬舟で伝えたい事の”前提”が感じられる。

    勿論、そういった人間の甘さとも呼べる習性は誰しも共感し得る所ではあるが、森鷗外はそれを再確認させ、以後の話においてそれをより自覚的に意識させたかったのではないかという風に解釈できる。

    非常に僅かな表現からの解釈ではあるが、

    多様な日本語の内から、何故この表現を選んだのか、という疑問を追求することは読解における第一歩であり、肝要であると考える。

    また、高瀬舟では、罪人である喜助の境遇や科を通して、

    庄兵衛が抱いた感傷が描かれており、

    テーマとして、罪に対する人情というものがあるのが窺える。

    罪に対する人情と言えば、科人への恨みつらみというのも第一に挙げられるが、

    その経緯に同情する人間というのも連想することができ、

    この前提とも関連付けられるだろう。

    よって細かな表現のニュアンスから、作者がテーマをどのように捉えていって欲しいのか想像を膨らませるのは、作品のテーマを深掘っていく上でも有用な心構えであるように思える。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~

    当塾では、指導方針の一つとして国語教育を重視しています。国語の学習では、単に文章を読むだけでなく、その内容について自分なりに考えることを大切にしています。そこで当塾では以後、日本文学を代表する名作の一つである森鴎外『高瀬舟』を題材にしながら、シリーズ形式で発信していきたいと思います。

    音読、音読と言われていますけれども、私は方法論は何でもいいと考えています。要するに、読解においては、その文章に作者が込めた気持ちを察することが一番重要だと考えます。読み手側すなわち私どもも、そのつもりで考えながら文章を読む、考えながら一文一文を解いていくこと、それが大切なのです。もちろんどの読解が本当の正解であるかは作者しか知りません。問題はどうやって頭を使って、どのように文章を読むのか。それが、当塾では読解であると考えます。もちろん私たちの読み方が合っているという傲慢な気持ちはありません。何が正しい答えなのかは書いてありません。国語の問題では、最も適するものは何かという書き方をされており、本当に正しいことは、作者しか知りません。多くの人が答えるであろうということが適したものである。そのため、ほとんどの読者がこう考えるであろうという考え方を身につけることが重要なのです。

    それでは『高瀬舟』の世界に入っていきましょう。

    初めの文では、白河侯が出てきます。
    白河侯というのは、寛政の改革を行った松平定信、すなわち前の時代に大変緩んだ世の中の意識を立て直そうと努めた老中の一人です。彼が重視したのは、朱子学、すなわち親や兄、上司などといった上の立場の者を敬うという社会の考え方です。

    その次の文では、智恩院という言葉が出てきます。
    京都にはいろいろなところに桜の名所があります。私は京都に行くたびに桜の名所を訪れます。
    それでは、なぜ智恩院をこの文で出したのでしょうか。今でいうと、知恩院は日本で一番大きい梵鐘を持っています。テレビでも報道されるほど、有名なものです。ただ、文章で取り上げるほどの桜ではないと感じています。では、なぜ知恩院が出てきたのかというと、徳川の菩提寺として増上寺が有名ですが、京都では智恩院が最も由緒ある寺であると考えられています。その時代の体制、およびものの考え方に対して、その一石を投じようとしたと考えられます。

    それでは、さらに読み進めていきましょう。

    ここで大切なのは、ただ言葉の意味を追うのではなく、なぜこの順番で語られているのか、なぜこの人物や場所が選ばれているのかという点です。作品とは、作者が意図をもって配置した言葉の集まりです。一つ一つに理由があると考えて読まなければなりません。

    『高瀬舟』においては、冒頭からすでに時代の空気や価値観が示されています。白河侯という存在によって、社会の秩序や規律が強く意識される時代背景が提示されているわけです。そして、そのような時代に生きる人々が、どのような考えを持ち、どのように行動するのかということが、この後の物語の根底に関わってきます。

    また、智恩院という具体的な場所が出されている点にも注目すべきです。ただの地名ではなく、その時代における権威や格式を象徴するものとして置かれていると考えられます。つまり、この作品は単なる個人の物語ではなく、当時の社会や価値観の中で人間を描こうとしているのです。

    ここまでを踏まえると、この後に登場する人物や出来事も、単純に善悪で判断するのではなく、その時代の考え方の中でどう位置づけられるのかを考える必要があります。現代の感覚だけで読むと見誤る部分が出てきます。

    したがって、私たちは常に、「この人物はなぜこのように考えたのか」「その背景にはどのような社会があったのか」という視点を持ちながら読み進めていくことが大切です。

    塾の指導方針、そして『高瀬舟』という深遠なテーマへの向き合い方、非常に共感いたしました。「正解」を当てるのではなく、作者の意図や時代背景という「補助線」を引きながら、論理的に最適解を導き出す。これこそが真の読解力ですね。

    それでは、白河侯や知恩院といった「社会的背景」の提示を経て、いよいよ物語の象徴である**「高瀬舟」そのものと、そこに乗る人々の対比**に焦点を当てた続きを構成案として作成しました。

    「高瀬舟」という密室の装置

    高瀬舟は、京都の高瀬川を上下する小舟です。しかし、この物語で描かれるのは、遠島(島流し)を申し渡された罪人を運ぶ「護送船」としての姿です。

    ここで皆さんに考えていただきたいのは、なぜ夜に、舟で運ぶのかという点です。

    陸路ではなく、暗い水面を滑る舟。そこには、世間から隔離され、社会の秩序(先ほど触れた白河侯の作った枠組み)から外された者たちが通る「境界線」という意味が込められています。

    護送役・羽田庄兵衛の「視点」

    この舟を操るのは、同心の羽田庄兵衛です。彼は当時の社会秩序を守る側の人間、いわば「体制側」の象徴です。

    通常、罪人を運ぶ役人は、相手を蔑むか、あるいは無関心でいるのが当たり前の時代でした。しかし、庄兵衛はこの夜、ある「違和感」を覚えます。

    読解のポイント:読解において大切なのは、登場人物の「感情の揺れ」を見逃さないことです。庄兵衛が何に驚き、なぜ心を動かされたのか。そこに作者・鴎外が最も伝えたかった「問い」が隠されています。

    罪人・喜助の「晴やかな顔」

    舟に乗せられた罪人・喜助。彼は、これから島流しという過酷な運命が待っているにもかかわらず、どこか晴れやかで、穏やかな表情をしています。

    本来、悲嘆に暮れるはずの罪人が、なぜ満足げな様子を見せているのか。

    社会のルール(白河候の朱子学的な価値観)

    →罪を犯した者は不幸であるべき。

      この「社会の常識」と「個人の心理」のズレこそが、近代文学の父・森鴎外が読者に突きつけた大きなテーマです。

      まとめ

      私たちは、喜助の様子を見て「不気味だ」と切り捨てるのではなく、庄兵衛と同じ視点に立って、「なぜ彼は笑っているのか?」と問いを立てなければなりません。

      次回の発信では、この喜助という男の「境遇」と、現代社会にも通じる「幸福の定義」について、さらに深く読み解いていきましょう。文章の行間には、当時の法律や倫理観だけでは測れない「人間の真実」が隠されています。


    • 第四回 塾生のみなさんへ

      今日も不安定な天気の中、たくさんの生徒が塾に来ていました!

      強雨の影響で、

      満開だった桜は二分咲き程まで散ってしまいましたが、

      散りきってしまう前に、

      塾に通りかかったときでもいいので、ぜひ綺麗な桜を見て行ってくださいね!

    • 第三回 塾生のみなさんへ

      桜が満開となりとてもきれいですね!

      みなさんの小学校や中学校、高校でもきれいな桜が見られるかと思います。私は入学式や卒業式、学校の帰り道に見た桜がとても印象に残っています!みなさんもさまざまな思い出があると思います。この時期だけの桜、楽しみましょう!

      四月になり新生活が始まった方、これから始まる方などさまざまかと思いますが、気持ちを新たにして今年度も頑張っていきましょう!