カテゴリー: 塾から一言

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~11

    みなさんこんにちは。

    今回は番外編として、『高瀬舟』の作者である森鴎外について解説していきたいと思います。

    森鴎外は、明治時代から大正時代にかけて活躍した文学者です。森鴎外は1862年に島根県で生まれました。
    1872年に上京し、1881年に、19歳で東京大学医学部を卒業しました。
    1881年12月には陸軍に入り、1884年から衛生学研究のためにドイツに留学しました。
    そして、1888年の秋、ドイツから帰国しました。

    森鴎外は軍医としての仕事をしながら、小説や翻訳、詩歌、戯曲など、たくさんの著作を発表しました。
    その中の作品の一つが、現在読み進めている『高瀬舟』です。

    森鴎外は生涯、官吏としての仕事と文学者としての活動を続け、1922年に観潮楼でその生涯を終えました。

    森鴎外の没後、観潮楼は戦災などにより消失し、森鴎外の作家活動の大半が行われた地に鴎外の記念館が建設されることは、長い間人々の願いとなっていました。
    その中で、1962年、図書館と記念室を併設して開館されたのが、文京区立鴎外記念本郷図書館です。
    開館されて以来、およそ半世紀にわたって展示や講演会の開催を通して文学愛好者の輪を広げてきました。
    その後、改築などが行われ、2012年、同地に文京区立森鴎外記念館が開館されました。

    森鴎外は数多くの作品を生み出してきた文学者です。
    森鴎外が生きた土地や時代背景に着目することで、新たな視点で作品を捉えることができるかもしれません。
    ぜひ、さらに調べて、学びを深めてみてください!

    参考文献

    青空文庫・「高瀬舟」森鷗外
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

    文京区「森鴎外について」

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~10

    みなさんこんにちは。

    今回は、前回に引き続き『高瀬舟』について考えていきたいと思います。

    前回は、喜助がなぜ「弟殺し」の罪人となったのか、その事情について見ていきました。

    喜助は弟を憎んでいたわけではありません。

    むしろ、病気で働けなくなった弟を支えるために、一人で働き続けていました。

    しかし弟は、自分が兄の負担になっていることを苦にして、自ら命を絶とうとします。

    それでも死に切ることができず、苦しみ続ける弟から「刃物を抜いてほしい」と頼まれた喜助は、迷った末にその願いを聞き入れました。

    その結果、弟は亡くなり、喜助は罪人として島へ送られることになったのです。

    この話を聞いた庄兵衛は、簡単には答えを出すことができません。

    法律の上では、喜助は弟を死なせた人間です。

    しかし、喜助には弟を苦しめようという気持ちも、自分の利益のために殺そうという気持ちもありませんでした。

    それどころか、最後まで弟を助けようとしていました。

    ここで『高瀬舟』は、私たちに非常に難しい問いを投げかけてきます。

    「人を死なせたという結果だけを見て、その人を悪人だと決めることができるのか。」

    という問題です。

    私たちは普段、物事を「正しい」「間違っている」、「良い」「悪い」と分けて考えることがあります。

    もちろん、はっきりと答えを出さなければならない場面もあります。

    しかし、現実の出来事には、それだけでは判断できないこともあります。

    同じ行動であっても、なぜその行動をしたのか、その人がどのような状況に置かれていたのかによって、見え方は変わってきます。

    喜助の行動もまさにそうです。

    結果だけを見れば、「弟を死なせた」と言えます。

    しかし、その前には、

    弟を支え続けてきたこと。

    助けようとして医者を呼ぼうとしたこと。

    苦しむ弟から何度も頼まれたこと。

    そして、喜助自身もどうすればよいのか分からないほど追い詰められていたこと。

    こうした背景があります。

    だからこそ庄兵衛も、喜助をただの罪人として見ることができなくなっていったのでしょう。

    これは、勉強にも少し似ている部分があります。

    問題を解くとき、私たちはつい「答え」だけを見てしまいます。

    正解なら〇、間違っていれば×。

    しかし、本当に大切なのは、そこにたどり着くまでにどう考えたのかという部分でもあります。

    秀学舎学習塾では、分からない問題があったとき、すぐに答えを教えるのではなく、ヒントを出しながら、自分で答えにたどり着けるようにすることを大切にしています。

    なぜなら、自分で考えた経験は、次に似た問題と出会ったときに大きな力になるからです。

    国語でも同じです。

    「この人物は悪い人です。」

    「この人物は良い人です。」

    それだけで終わらせるのではなく、

    「なぜそう思ったのか。」

    「本文のどこからそう考えたのか。」

    「反対の立場から見るとどう見えるのか。」

    そこまで考えることで、文章の読み方は大きく変わります。

    『高瀬舟』には、簡単に答えを出すことのできない問いが多くあります。

    しかし、答えが一つに決まっていないからこそ、自分で考える意味があるのだと思います。

    勉強というと、正解を覚えるものだと思われがちです。

    ですが、本当の学びは、「なぜだろう」と立ち止まって考えるところから始まるのではないでしょうか。

    喜助は本当に「罪人」と呼ぶだけの人物なのでしょうか。

    庄兵衛が抱いた迷いを、自分自身の問題として考えてみてください。

    自分だったら喜助をどのように見るのか。

    そして、自分が庄兵衛の立場だったら、喜助にどんな言葉をかけるのか。

    ぜひ一度、自分なりの答えを考えてみてください。

    次回は、喜助の行為をめぐって庄兵衛が考える「人を裁くこと」について、さらに深く見ていきたいと思います。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~9

    みなさんこんにちは。

    今回は、前回の最後に触れた、喜助が「弟殺し」の罪人となった理由について考えていきたいと思います。

    庄兵衛は、喜助と話をするうちに、どうしても気になることが出てきました。

    それは、これほど穏やかで素直な喜助が、なぜ自分の弟を殺したのかということです。

    そこで庄兵衛が事情を尋ねると、喜助は弟との生活について語り始めます。

    喜助と弟は、幼い頃に両親を亡くし、二人で助け合いながら生活していました。

    しかし、あるとき弟が病気になってしまいます。

    弟が働けなくなったため、喜助は一人で働きながら、自分と弟の生活を支えることになりました。

    喜助は弟を責めることなく、一生懸命働いて生活を支え続けます。

    ところが弟の方は、自分が働けないことで兄の負担になっていると考えるようになります。

    そしてある日、喜助が家へ帰ると、弟は自分で命を絶とうとしていました。

    しかし、死に切ることができず、刃物が刺さったまま苦しんでいました。

    喜助は弟を助けようとします。

    ところが弟は、喜助に刃物を抜いてほしいと頼みます。

    刃物を抜けば、自分が死ぬかもしれない。

    喜助にもそれは分かっていました。

    それでも、目の前では大切な弟が苦しみ続けています。

    そして喜助は、弟から何度も頼まれ、ついにその願いを聞き入れます。

    その結果、弟は亡くなりました。

    こうして喜助は、「弟を殺した罪人」として島へ送られることになったのです。

    ここで皆さんに考えてみてほしいことがあります。

    喜助がしたことは、本当に「弟を殺した」という一言だけで説明できるのでしょうか。

    もちろん、人の命を奪うことは簡単に許されることではありません。

    しかし喜助は、弟を憎んでいたわけでも、自分のために邪魔になった弟を殺したわけでもありません。

    むしろ、それまで弟の生活を支え続けていました。

    そして最後には、苦しんでいる弟自身から頼まれています。

    では、喜助はどうすればよかったのでしょうか。

    弟の頼みを断り、そのまま苦しませ続けるべきだったのでしょうか。

    それとも、弟の苦しみを終わらせるために願いを聞き入れるべきだったのでしょうか。

    この問題には、簡単に「これが正解だ」と言える答えはないように思います。

    『高瀬舟』がおもしろいのは、こうした簡単には答えを出すことのできない問題を、読んでいる私たちにも考えさせるところです。

    国語の勉強というと、「この文章の答えは何だろう」と正解だけを探してしまうことがあります。

    もちろん、問題を解くためには本文から正しい答えを読み取る力も必要です。

    しかし、文章を読むということは、それだけではありません。

    「なぜこの人物はこのような行動をしたのだろう」

    「自分だったらどうするだろう」

    「別の立場から見たら、どう見えるだろう」

    と考えてみることも、大切な学びです。

    秀学舎学習塾でも、ただ答えを覚えるだけではなく、自分で考え、答えにたどり着く過程を大切にしています。

    分からない問題に出会ったとき、すぐに答えを見るのではなく、まず自分なりに考えてみる。

    文章問題であれば、登場人物の立場や、その言葉が出てきた理由まで考えてみる。

    たとえ最初の考えが正解ではなかったとしても、「なぜそう考えたのか」を自分の中で整理することで、考える力は少しずつ身についていきます。

    喜助の行動についても、まずは「正しい」「間違っている」と決めてしまうのではなく、なぜ喜助がその行動を選んだのかを考えてみてください。

    すると、同じ『弟殺し』という言葉でも、最初に作品を読み始めたときとは違って見えてくるかもしれません。

    さて、喜助から事情を聞いた庄兵衛は、さらに深く考え込むことになります。

    法律の上では、喜助は弟を死なせた罪人です。

    しかし、庄兵衛の目の前にいる喜助は、本当に悪人なのでしょうか。

    そして、人の苦しみを終わらせるために命を絶つことは、果たしてどのように考えるべきなのでしょうか。

    物語はいよいよ、『高瀬舟』の大きなテーマの一つへと進んでいきます。

    次回は、喜助の話を聞いた庄兵衛が抱いた疑問から、「罪とは何か」「人を裁くとはどういうことなのか」について考えていきたいと思います。

    皆さんもぜひ、

    「自分が庄兵衛だったら、喜助をどのように見るか」

    を考えてみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外
    https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鷗外から学ぶ~8

    みなさんこんにちは。

    今回は、前回の続きから『高瀬舟』について考えていきたいと思います。

    前回は、島へ送られることになった喜助が、これまでの生活と比べれば今の境遇をそれほど不幸だとは感じておらず、わずか二百文のお金を自分のものとして持っていることにも満足しているという場面について考えました。

    そんな喜助の話を聞いた庄兵衛は、自分自身の生活について考え始めます。

    人は病気になれば健康になりたいと思い、食べるものがなければ食べ物を求めます。そして、少しお金が貯まれば、今度はもっと多くのお金が欲しくなる。

    このように、人間の欲にはなかなか終わりがありません。

    しかし喜助は、自分に与えられたわずかなものに満足しています。

    庄兵衛は、そんな喜助の姿を見ながら、自分にはできていない「足ることを知る」という生き方に気付いていくのです。

    ここで一度、皆さんにも考えてみてほしいと思います。

    「もっと良い点数を取りたい」

    「もっと成績を上げたい」

    「もっとできるようになりたい」

    勉強をしていれば、このように思うことはたくさんあるでしょう。

    もちろん、今より上を目指す気持ちはとても大切です。

    しかし、「まだできない」「自分には足りない」と考えるだけではなく、「以前よりここができるようになった」「この問題は自分で解けるようになった」と、自分がすでに身につけたものに目を向けることも大切なのではないでしょうか。

    秀学舎学習塾では、ただ答えを覚えるだけではなく、「なぜこの答えになるのか」「どう考えれば自分で答えにたどり着けるのか」ということを大切にしています。

    問題が解けなかったときも、すぐに答えを見るのではなく、まずは自分で考えてみる。

    そして、昨日まで分からなかったことが今日分かるようになったら、それも一つの大きな成長です。

    喜助の「足ることを知る」という姿勢は、何も努力をしなくてよいという意味ではありません。

    今自分が持っているものを認めながら、そのうえで次へ進んでいく。

    勉強でも、自分の成長を確かめながら一歩ずつ前へ進むことが、自信につながっていくのではないでしょうか。

    さて、庄兵衛にはもう一つ、どうしても喜助に聞いてみたいことがありました。

    それは、喜助がなぜ「弟殺し」の罪人になったのかということです。

    これまで喜助の人柄を見てきた庄兵衛には、喜助が自分の利益のために人を殺すような人物には思えません。

    では、喜助と弟の間に一体何があったのでしょうか。

    ここから『高瀬舟』は、「人を殺すことは罪である」という一見当たり前に思えることについて、私たちにもう一度深く考えさせる展開へと進んでいきます。

    皆さんも、

    「自分が庄兵衛だったら、喜助をどのような人物だと思うか」

    「喜助はなぜ弟を殺したのか」

    を一度自分なりに予想してから、続きを読んでみてください。

    自分で考えてから本文を読むことで、ただ物語の内容を知るだけではなく、自分の考えと作者が描いたものとの違いにも気付くことができます。

    次回は、喜助が語る「弟殺し」の真相について考えていきたいと思います。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外

    https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~7

    次の場面では、庄兵衛の問いかけに対して、喜助がなぜ島へ送られることを苦にしていないのか、その理由を語ります。

    喜助は、島へ行くことが他の人にとって悲しいことだということは理解していました。しかし、自分はこれまで京都で非常に苦しい生活をしてきたため、島で生活することをそれほど不幸だとは感じていませんでした。

    喜助には、これまで「自分がいてもよい」と思えるような場所がありませんでした。そのため、たとえ島であっても、そこで暮らすように命じられ、落ち着いて生活できること自体をありがたいと感じていたのです。さらに、喜助は島へ送られる際に二百文を与えられています。今まで働いて得たお金も、生活のためにすぐ使わなければならず、自分のお金として持っていることができなかった喜助にとって、この二百文は初めて手元に残ったお金でした。喜助は、それを島で生活を始めるためのお金にしようと楽しみにしていました。

    この話を聞いた庄兵衛は、自分の生活と喜助の生活を比べます。庄兵衛自身も決して裕福な生活をしているわけではなく、家族を養うために余裕のない生活をしていました。しかし、喜助ほど貧しいわけではありません。それにもかかわらず、庄兵衛は自分の生活に十分満足しているとは言えませんでした。

    そこで庄兵衛が注目したのが、喜助の「足ることを知っている」というところです。

    人は、食べるものがなければ食べ物を求め、お金が少し貯まれば、今度はもっと多くのお金が欲しくなります。このように考えていくと、人間の欲には終わりがありません。しかし喜助は、わずかな二百文を持っているだけでも満足し、これからの生活に希望を感じています。

    庄兵衛は、そんな喜助を見て、人間にとって本当の満足とは何なのかを考え始めます。

    この場面では、単に喜助が前向きな人物として描かれているだけではなく、「人はどこまで手に入れれば満足できるのか」という問題が示されているように思います。

    皆さんも、自分だったら喜助のように今あるものに満足できるか、それともさらに多くのものを求めてしまうかを考えながら読んでみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html

  • トップレベルの英語力をつけたいアナタへ

    塾生のみなさんこんにちは。

    来9月から当塾では、慶應義塾大学環境情報学部(偏差値70.0 河合塾より)留学生(ネイティブスピーカー)による、英語スーパーレベルコースを新設予定です。

    詳細は後日、お知らせ予定とさせていただきます。

    秀学舎学習塾

  • 塾生のみなさんへ

    こんにちは。
    みなさんいかがお過ごしでしょうか?

    7月になり、当塾ではサルスベリの花が咲き始めました!
    ピンク色の花がとてもきれいです。

    塾にお立ち寄りの際はぜひご覧になってみてください!

    秀学舎学習塾

  • 塾生のみなさんへ

    みなさんこんにちは。
    勉強の進み具合はいかかでしょうか?
    定期試験が終わり、テストが返却された方も多いと思います。

    問題を解く力を伸ばすためには、テストでわからなかった問題を解き直し、繰り返し復習することが重要です。
    わからなかった問題を中心に確認し、次のテストに備えましょう!また、できた問題についても確認し、自分が苦手な問題と得意な問題をそれぞれ復習できるようにしましょう!応援しています!

  • 塾生のみなさんへ

    みなさんこんにちは。
    6月になり、今週から定期試験が始まる方も多いと思います。
    勉強は順調に進んでいますか?

    定期試験では、問題を解き始める前にまず問題全体を見て、基本的な問題や応用的な問題がどれくらい出題されているか、問題の構成を確認してみましょう。そして、自分が解けそうな問題から解き始め、時間配分なども意識しながら解き進められるとよいと思います。難しい問題も多いかと思いますが、最後まであきらめずに頑張りましょう!応援しています!

    当塾では、塾生の子どもたちだけでなく、すべての子どもたちを応援しています。みなさん頑張りましょう!

    秀学舎学習塾 塾長、ほか一同

  • 【高瀬舟】~森鴎外から学ぶ~6

    みなさんこんにちは。
    今回は、『高瀬舟』の以下の部分に着目していきたいと思います。

    暫くして、庄兵衞はこらへ切れなくなつて呼び掛けた。「喜助。お前何を思つてゐるのか。」
    「はい」と云つてあたりを見廻した喜助は、何事をかお役人に見咎められたのではないかと氣遣ふらしく、居ずまひを直して庄兵衞の氣色を伺つた。
     庄兵衞は自分が突然問を發した動機を明して、役目を離れた應對を求める分疏いひわけをしなくてはならぬやうに感じた。そこでかう云つた。「いや。別にわけがあつて聞いたのではない。實はな、己は先刻からお前の島へ往く心持が聞いて見たかつたのだ。己はこれまで此舟で大勢の人を島へ送つた。それは隨分いろいろな身の上の人だつたが、どれもどれも島へ往くのを悲しがつて、見送りに來て、一しよに舟に乘る親類のものと、夜どほし泣くに極まつてゐた。それにお前の樣子を見れば、どうも島へ往くのを苦にしてはゐないやうだ。一體お前はどう思つてゐるのだい。」

    この部分では、前回に引き続き、喜助の様子を庄兵衛が不思議に思っている場面が描かれています。喜助の様子を不思議に思った庄兵衛は、この場面で喜助に「お前は何を思っているのか。」と問いかけます。それに対して喜助は姿勢を正して庄兵衛の様子をうかがっています。

    庄兵衛はこれまで船で大勢の人を島へ送ってきましたが、その人たちはみな島へ行くのを悲しがって、とても苦しい思いをしていたようです。それに対して喜助は、それまでの罪人に比べて島へ行くことを苦にしていないようで、それを庄兵衛は不思議に思ったのです。

    島へ送られるこの場面で、「お前はどう思っているのか。」という庄兵衛の問いに対して喜助はなんと答えるのでしょうか。

    喜助の心情を想像しながら考察すると、より理解が深まります。
    ぜひ、喜助がなんと答えるのか、次の場面を予想しながら読み進めてみてください。

    引用:青空文庫・「高瀬舟」森鷗外https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/691_15352.html