カテゴリー: 数学よもやま話

  • Mathematicsよもやま話その4

    証明に使われる「矛盾」

    高校で習う数学の証明方法の一つに背理法というものがある。これは証明したい事柄の逆を真であると仮定して進められる理論に矛盾を見つけていくというものだ。

    矛盾を指摘するということはその仮定は誤りであるということを示している。

    しかし、矛盾の指摘は仮定の誤りの証明以上のことは言えず、背理法を覚えたばかりの高校生が背理法を誤用しがちなのはこれによって仮定の否定以上の何かを求めがちだからである。

    我々が背理法を使いこなすにはこれによって何が示せて、何がまだわからないのかを意識しなければならないのである。

    参考文献 芳沢光雄『算数・数学が得意になる本』講談社現代新書、2006年

  • Mathematicsよもやま話その2

    『数学的思考法―説明力を鍛えるヒント―』において、”分数ができない大学生”について、このような表現がなされている。『かつて小学生の頃は分数の計算ができてたが、やり方を忘れたのでできない』

    分数の計算に限らず月日がたって公式や計算方法を忘れてしまった人は、これらをあくまでツールとしてしか認識していなく、昔に学んだ時もなぜそのような形になるのか、どうしてその公式が適用できるのかを理解しないまま公式を丸暗記だけしているからであるからだそうだ。すなわち、大人になっても学んだことを忘れないようにするためには公式や計算方法をなぜその形になるのかをしっかり納得してから使っていくことが大事なのだ。

    しかし、義務教育において、通常の学習カリキュラムで全ての生徒にそのような手順を踏んで算数や数学を教えていくのはかなり難しいように感じる。なぜなら生徒一人一人につきっきりで理解したかどうかを確認する余裕はないし、丸暗記してしまってもテストではある程度点が取れるからだ。

    こればっかりは生徒自身の数学との向き合い方と周囲の人間の対応が大事である。

    参考文献
    芳沢光雄『数学的思考法 ―説明力を鍛えるヒント―』講談社現代新書、2005年

  • Mathematicsよもやま話その1

    「数学が得意な人はつまずいた経験などないだろう」と思っている人は多いことでしょう。しかし、実際は違います。計算の速さを競わせるような「条件反射丸暗記」的な教育だけで育ってきた人はつまづきをほとんど意識しませんが、本当の意味で数学が得意になる可能性をもつ人は、つまずきに対して敏感なのです。

    これは芳沢光雄 著『算数・数学が得意になる本』(講談社現代新書、2006年)より抜粋した文である。たしかに日頃問題を解く中で小さなつまずきや疑問を無視せずに悩むことができる人間は算数・数学だけでなく様々な分野で活躍できるようになるだろう。では、どうすればつまずきに対して敏感になれるのだろうか?

    あくまで個人的な意見であるが、わからない問題を先生や周りに質問するときに『この問題がわからない』と丸投げするのではなく、『こういう方針で解こうとしたがここからの見通しが立たない』といった風に自分がその問題に対してどこまでわかっているのか、どこがわからないのかを言語化して他者に説明することで疑問を明確にでき、どこでつまずいたのかを自分で気づけるようになるのではないだろうか。

    参考文献 芳沢光雄『算数・数学が得意になる本』講談社現代新書、2006年